石巻レポート4/16 (9日目)
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最終日の朝、お風呂が完成しました。僕らは住民の方が入るのを見れませんが、興味があるので勝手に内覧会〜
湯船は以外にしっかりとしたユニットでした。湯船までブルーシートだと思っていたのですが。したの写真は側溝に横付けして設けられた排水槽です。ブルーシートと土嚢で、体を洗ったお湯がここにたまります。先日、井戸から水を上げると言いましたが、間違いでした。給水車が学校の貯水タンクに水をため、そこから利用しているそうです。

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最終日の朝は5時に皆で起きて、自転車で港まで行く事にしました。ボランティアメンバーで石巻の地理の研究をしていて、災害時にも石巻にいた横山君を先頭に、泥道を港へと進みます。
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港へ着くと、目を疑う程の光景がそこにありました。大型船が防波堤の上に乗ったままになっています。周辺の被害具合を見ると、15m程海面が上昇していたと思われます。海岸はアスファルトが流動化現象により壊滅的なのでこれ以上は近づく事を諦めました。
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水位がどれ位であったのか、建物の外壁を見ればわかります。工場なので、スケールが分かりにくいですが、地面から12〜15m程の所にラインがあります。
もう一つの指標が時計。湊小学校は3時50分で時計が止まっていますが、ここら辺は3時45分で止まっていました。
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港から少し入った所にある神社です。周辺建物が壊滅的であるにもかかわらず、建物がほぼ無傷です。神秘的な何かを感じ、吸い寄せられる様に中へ。
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石巻にくる前に「津波災害」(岩波新書 河田恵昭)という本を読んでいました。津波を経験している場所は津波に流れない、地理的な要因が整った場所に神社や石碑が出来ると。実際に途中で通過した神社の鳥居や石碑は不思議な位倒れていない。横山君、橋本さん。神社の歴史等分かったら教えてください。
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最終日10時からは第四陣の5人に引き継ぎ講習。新しい5人は私達より経験豊かな方達で安心しました。引き継ぎをしてると、本部のスタッフ(自身が被災もされている)の娘達が別れを惜しんで集まってくれました。辛いはずなのにいつも明るく笑ってくれる彼女達に逆に救われました。
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体育館の炊き出し部隊のパキスタン人のアニス、ムバッシェルさんに分かれの挨拶にいきました。体育館ではチーム神戸の次のボランティアによる、バザーが開かれてました。完全セルフ方式?経験豊かな彼らの事、こなしてくれるでしょう。
日本中、世界中から物資という思いが届いています。ただ、その思いを人の手で届ける、その手が足りていません。大量の泥を前にぼうぜんとしている方達を助けられるのは、義援金という形もありますが、やはり人の手なのではないかな。と思います。
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元々、次の第四陣との引き継ぎがボランティア拠点の専修大学だったのを、引き継ぎを充実させるために無理を言って湊小学校に変更してもらっていました。予想通り、帰りはドタバタ。分からん事があれば…SMSで聞いて!なんて言いながら、ワンボックスに乗り込みます。ジェネ車の柴田さんが見送りに来てくれました。電源を確保しつつ、至る所でいろんな人の手伝いをしてました。本当に気持ちの良い仲間だったです。4日間位しか一緒に作業出来なかったけど、いつか飲みたいですね。
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本部の娘達や住民の方達、遠藤さん、工藤さん、阿部さん、チーム神戸の平井さん、柴田さん、アニスさん、あと、奥までよく見えなかったけれど、たくさんの方が見送りに出て来てくれました。ババさん、来なかったけど、俺は泣くから行かないとか、言ってそうで、らしいです(笑)
この避難所にいる人は復興したらここからいなくなる人達です。家に帰れる事は嬉しいことなんだけれど、辛い思いを共有し、家族になってしまった人達だから、皆がばらばらになる事は辛い事なんですよね。
でも、やっぱりそれぞれの場所をみつけてなるべく早く復興して欲しい。石巻という一つの家族になって元気になって欲しい。
来年の3/11にまた会いたいです。

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一度目のバザーの時、30人ずつ人数制限をして、混乱を防いでいました。中々順番が来ない事に起った住民の男性が、「お前らボランティアはゲームをしに来てるのか?ふざけんな」と叫んで帰っていったことがありました。ボランティア同士の喧嘩は想定してましたが、まさか、住民の方から言われるとは思わなかったので、思わず涙が出てしまいました。
その直後に周りの住民の方達から、男性に対し、その言葉は無いだろというやりとりもありました。
津波から一ヶ月、住民の方も疲労がMAXに達しています。余裕がない状態が、一つの形として現れたと思います。
帰るまでに、10数人の住民の方達に涙ながらに声をかけられました。概ね「ボランティアの方達はもくもくと作業をしてくれるので、マヒしていた気がする。涙事件を見て、自分達の事を思ってここに来てくれたことを再認識したし、大変勇気付けられた。私達ももっと頑張らなきゃいけない。ありがとう。」というものでした。

ボランティア経験はなかったけれど、24時間、自分達に何ができるか考えた一週間でした。少しでも早く石巻が、東北が復興することを祈ります。

今、東京へと向かうボランティアのバスの中でブログ更新をしています。小学校に入ってからは、夜12時を過ぎてから、廊下にランプを持ち出して、更新の文を書いていました。昼間は華族に電話、メールをすることをは自制していました。メールをする相手を無くされた住民の方に対する配慮です。住民さん達へ向けて写真を撮るのも注意しました。本部等のスタッフはバンバン撮ったけどね。

最後の日、結局、石巻まで桜前線は届きませんでした。南下途中白石市を通過したあたりで桜が満開になっていたので、来週辺り、石巻は桜に包まれるでしょう。
by k_ihatov | 2011-04-16 23:00 | 災害ボランティア
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